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この国をどう考える:竹中平蔵氏の議論を聞いて


NHK恒例の新春トーク番組が今年は「世界はどこへ、そして日本は」と題し、いま世界中が陥っている経済の機能不全と日本のこれからについて、活発な議論を展開するというので、期待しながら見た。というのもこの議論には今日の日本の論客を代表する人物として7人が名を連ね、その中にこれまでの日本の経済政策をリードしてきた竹中平蔵氏と、始終これを批判してきた金子勝氏が含まれていたからだ。

竹中氏はいうまでもなく、小泉流構造改革のブレーンとして、市場の自立性と政府による規制緩和路線を推進してきた人物である。経済学の流れでいえば、サプライサイドエコノミクスの日本における旗手といったところだ。これに対して金子氏は、行き過ぎた規制緩和が労働市場を解体し、その結果アメリカ流の格差社会が生まれたとして、小泉・竹中路線を厳しく批判してきた。リベラリズムの流れをくむ考え方の人物だ。

だから両者の議論が白熱したものになるだろうと予想したのは筆者のみではあるまい。

アメリカでは、今直面している未曾有の経済危機が、ブッシュの推し進めてきた規制緩和とマネーゲームの破綻にあるという見方が、経済学者の中で広がりつつある。その見方は雰囲気という形で、国民にも共有され始めている。それがオバマ大統領の登場を促した原動力にもなったといえる。

一方ブッシュに追随してきた日本の構造改革路線は、いまのところ、今回の金融危機の直接の引き金とは目されていないが、アメリカが抱えているような矛盾は共有している。ワーキングプアの大量登場に象徴される格差社会の出現であり、公的分野の縮小による医療や社会保障の崩壊現象である。

こうした問題を、竹中、金子両氏がどう考えているのか、とりわけ権力を行使する側にあった竹中氏がこれをどうとらえ、そこから今後の日本のあり方にどのような処方箋を描いているのか、そこのところを視聴者は聞きたかったのではないか。だが議論を聞いた感じでは、どうも肝心なことが何も伝わってこないような気がした。両者の間で主張が空回りしている印象を受けたのである。

番組はまずオリエンテーションの中で、ブッシュ・小泉の市場原理主義という言葉を用いていた。市場原理主義とは随分思い切った言い方だ。普通原理主義といえばイスラムの過激思想をさしている。そこにはキリスト者からの強い拒絶のメッセージが込められている。それをブッシュ・小泉の経済運営に対してつけたのだから、見ていた筆者なども、びっくりとさせられた。

竹中氏はこの言葉にすっかり気分を害したらしい。この日の彼の発言は、感情的なものが目立ち、とても理性的なものとはいえなかった。竹中氏が感情的になったのを見透かしたのか、金子氏の突っ込みもいますこし迫力が感じられない。こんなわけで、論客の議論というには、あまりにも幼稚に過ぎた。

一方は政策の誤りを声高に叫び、他方は問題は政策そのものではなく、それの実施が不徹底だったからだと、互いに自分の主張を一方的に述べる。これでは議論になるまい。こんな筆者の感想を共有した人は多かったのではないか。

それにしても今の日本が陥っている問題には、根の深いものがある。国民はその根の深さを肌で感じ取って、自民党の構造改革路線なるものに拒絶反応を示しているのだといえよう。日本を代表する論客などと持ち上げられている人たちなら、こうした国民の素朴な感情にきちんと答えるような議論を示してもらいたいものだ。

とくに竹中氏にはいっておきたい。氏はこの国で構造改革なるものを推進してきた人物だ。彼は番組の中ではそれが何を目的にしたものか、明確には語っていなかったが、NHKが市場原理主義と名付けたようなことを内実にしていることは間違いあるまい。ところがいまは、それが破綻した考え方だとして見直しを迫られている。だから氏は、その声にもっと誠実に答える必要があったのではないか。いたずらに感情的になることは、自分の非を認めたことになるのではないか。

これが、この番組を見ての、筆者の素朴な感想である。


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