20世紀サウンズ


ウディ・ガスリー(Woody Guthrie)のフォークソング「この国は君の国(This Land Is Your Land)」(壺齋散人による歌詞の日本語訳)

  この国は君の国 そして俺の国さ
  カリフォルニアからニューヨークまで
  レッドウッドの森からメキシコ湾まで
  ここは俺たちのための国さ

ウディ・ガスリー(Woody Guthrie)のフォークソング「オクラホマ・ヒルズ(Oklahoma Hills)」(壺齋散人による歌詞の日本語訳)

  もうずいぶんと月日が過ぎた
  住み慣れた家を出てから
  なついかしい土地 オクラホマ・ヒルズ
  そこで人生を過ごし
  いろんなことを学んできた
  俺にとっては母なる大地さ

ウディ・ガスリー(Woody Guthrie)のアルバム「ダストボウル・バラッズ(Dustbowl Ballads)」から「ドレミ(Do Re Mi)」(壺齋散人による歌詞の日本語訳)

  中西部の連中が毎日家を捨てて
  泥の道をカリフォルニア目指して渡っていく
  砂漠の砂を蹴立て 泥から這い出ながら
  楽天地を目指して進んでいくのさ
  たどりつくとこういわれた
  今日はお前で1万4000人目だ

ウディ・ガスリー(Woody Guthrie)のアルバム「ダストボウル・バラッズ(Dustbowl Ballads)」から「ダスティ・オールド・ダスト(Dusty Old Dust)」(壺齋散人による歌詞の日本語訳)

  なんどでも 歌い続けるさ
  俺が住んでいたあの土地のことを
  そのグレイという土地に 春四月のこと
  心痛む出来事がおこったのさ

ウディ・ガスリー(Woody Guthrie)のアルバム「ダストボウル・バラッズ(Dustbowl Ballads)」から「ダストボウル・ブルース(Dust Bowl Blues)」(壺齋散人による歌詞の日本語訳)

  すごかったぜ あのダストボウルときては
  まったくだ あのダストボウルときては
  だがおれは ヘコタレなどせんぞ

ウディ・ガスリー(Woody Guthrie)のアルバム「ダストボウル・バラッズ(Dustbowl Ballads)」から「ダストボウル難民(Dust Bowl Refugee)」(壺齋散人による歌詞の日本語訳)

  俺はダストボウル難民だ
  ダストボウル難民なのだ
  故郷を去ってこの農園に来たけど
  ここもひどいところだぜ

ウディ・ガスリー(Woody Guthrie)のアルバム「ダストボウル・バラッズ(Dustbowl Ballads)」から「トム・ジョード(Tom Joad,)Part Two」(壺齋散人による歌詞の日本語訳)

  ジョード一家はジャングル・キャンプにやってくると
  早速シチューをこしらえた
  すると腹を減らした子どもたちが集まってきて
  僕たちにもちょうだいといった
  僕たちにもちょうだいといった

ウディ・ガスリー(Woody Guthrie)のアルバム「ダストボウル・バラッズ(Dustbowl Ballads)」から「トム・ジョード(Tom Joad,)Part One」(壺齋散人による歌詞の日本語訳)

  トム・ジョードがマカレスター刑務所から
  保釈されたのさ
  殺人の罪で4年もぶち込まれてたんだ
  やっと自由の身になれて道を歩いたのさ
  やっと自由の身になれてさ

ウディ・ガスリー(Woody Guthrie)のアルバム「ダストボウル・バラッズ(Dustbowl Ballads)」から「絶対泣き寝入りなんかせんぞ(Blowing Down That Old Dusty Road)」(壺齋散人による歌詞の日本語訳)

  この泥だらけの道を 俺は通り過ぎていく
  この泥だらけの道を 俺は通り過ぎていく
  この泥だらけの道を 俺は通り過ぎていく そうだ
  俺は絶対泣き寝入りなんかせんぞ

ウディ・ガスリー(Woody Guthrie)のアルバム「ダストボウル・バラッズ(Dustbowl Ballads)」から「肺炎のブルース(Dust Pneumonia Blues)」(壺齋散人による歌詞の日本語訳)

  あのダストのおかげで 肺炎になったぜ
  あのダストのおかげで 肺炎になったぜ
  だから俺は肺炎の ブルースを歌うんだ

ウディ・ガスリー(Woody Guthrie)のアルバム「ダストボウル・バラッズ(Dustbowl Ballads)」から「自警団の男(Vigilante Man)」(壺齋散人による歌詞の日本語訳)

  自警団を知ってるかい?
  自警団の男らのことさ
  そいつらのことを知ってるかい?
  俺はそこらじゅうで聞いたよ

ウディ・ガスリー(Woody Guthrie)のアルバム「ダストボウル・バラッズ(Dustbowl Ballads)」から「トーキング・ダストボウル・ブルース(ダストボウルの語り歌:Talking Dust Bowl Blues)」(壺齋散人による歌詞の日本語訳)

  1928年の頃までは
  俺は小さな農場を持ってたんだ
  そこで毎年収穫を得て
  それを町で売ったものだった
  そしてその金で必需品を手に入れ
  子どもを育て家族を養った

ウディ・ガスリー(Woody Guthrie)のアルバム「ダストボウル・バラッズ(Dustbowl Ballads)」から「住む家がない(I ain't got no home)」(壺齋散人による歌詞の日本語訳)

  棲む家が無いので風来坊さ
  町から町へとさすらい暮らしさ
  おまわりからはごろつき扱い
  もうこの世に住む家がないから

ウディ・ガスリー(Woody Guthrie)のアルバム「ダストボウル・バラッズ(Dustbowl Ballads)」から「グレート・ダスト・ストーム(The Great Dust Storm)」(壺齋散人による歌詞の日本語訳)

  1935年4月14日のことさ
  ものすごい勢いの砂嵐が空一面に巻き起こった
  そいつが襲い掛かってくる様子は 真っ黒な雲のようだった
  そして国中を呑み込んで 瓦礫の山にかえたんだ
  オクラホマシティからアリゾナまで
  ダコタからネブラスカからリオグランデまで
  そいつは真っ黒な津波のように飲みつくした
  まるで最後の審判のように それが俺たちの定めのように

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ウディ・ガスリー(Woody Guthrie)をアメリカの国民詩人と定義したのは日本人である村上春樹だ。(国民詩人としてのウディ・ガスリー:意味がなければスイングはない)

CCRのヒット曲から「プラウド・メリー(Proud Mary)」(壺齋散人による歌詞の日本語訳)

  うまい仕事を捨ててでも
  この仕事にはやりがいがあるのさ
  寝るいとまを惜しんだって
  やり抜く価値はあるのさ

CCRのヒット曲から「ダウン・オンザ・コーナー(Down on the Corner)」(壺齋散人による歌詞の日本語訳)

  サアサア晩飯を
  食う時間が来たぜ
  役場のところでは
  一発始まりそうだぜ

クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァルのヒット曲「雨を見たかい(Have you ever seen the rain)」(壺齋散人による歌詞の日本語訳)

  誰かがいってたっけ
  嵐の前の静けさって
  そうさ
  そんなこともあるのさ
  嵐が過ぎた後は
  天気雨が
  降るのさ
  滝のようにね

バーブラ・ストライザンドのヒット曲から「メモリー(Memory)」(壺齋散人による歌詞の日本語訳)

  真夜中の音もない歩道に
  途方に暮れた月が
  微笑みかける
  街灯の光に落ち葉が舞い
  風が忍び泣く

バーブラ・ストライザンドのヒット曲から「スター誕生の愛のテーマ(Evergreen)」:壺齋散人による歌詞の日本語訳

  安楽椅子のように柔らかく
  朝の空気のようにさわやかに
  愛は二人で分かち合うもの
  あなたと分かち合いたい
  四月の雪に芽吹く
  薔薇のように強い愛を

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