サリンジャー J.D.Salinger 死す

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The Catcher in the Rye の著者サリンジャー J.D.Salinger が死んだ。91歳だった。The Catcher in the Rye は20世紀後半においてもっとも影響力を持ったとされる小説だ。筆者も学生だった1970年前後に読んだことがある。そのときに受けた強烈な印象はいまでも記憶に残っている。主人公の感じ方や考え方に自分たちの世代のそれと共鳴するものを感じたことと、その生き方の中に反社会性というか、正確には没社会的な性格を感じ取って、足元をすくわれるような気持ちになったものだ。

1970年代に学生時代を過ごした者にとっては、サリンジャー的な感性は理解できないものではなかった。ビートルズの音楽が街に流れ、また盛り上がる学生運動の中からプロテスト精神がほとばしり出ていた時代だったから、サリンジャーの文章がかもし出す反社会的な色合いは、ある意味で自分たちの存在を合理化してくれる福音のように聞こえたのだ。

主人公の少年が吐く言葉はどれも新鮮に聞こえた。Fuck とか Lousy とかいう言葉は、普通なら聞いていられないようないやらしい言葉だったに違いないのだろうが、それが少年の口から出ると、ごく自然に受け取れた。それは社会の価値観がドラスティックに流動化していることの、象徴的なシーンだったといえた。

だがサリンジャーがこの本を出版した1951年は、まだ伝統的な価値観が根強い基盤を保っていた時代だ。アメリカの青年たちはその伝統的な観念に従って第二次世界大戦に参加し、また朝鮮戦争へのコミットをも受け入れていた。そこへこの小説が登場して、伝統的な価値観をせせら笑ったのものだから、社会の受け止め方は複雑だった。こんなことを正面からいう人間は、それまでのアメリカ社会には一人としていなかったのだ。

だがこの小説に出てくる少年の考え方や行動の仕方は、深い影響力をともなって社会に浸透していった。1960年代になると、ヒッピーが登場して、社会からのドロップアウトにも意義があることを主張し始めた。それはこの小説の主人公の無意識的な態度が意識化されたといってもよいものだった。

その後社会を覚めた目で見る青年たちの登場が、先進国に共通の現象となるにつれて、サリンジャーの受容も進んだ。The Catcher in the Rye の原書はこれまで世界中で6000万部も売れた。それはこの小説とそこに描き出された生き方が世界中の若者のライフスタイルの一部に取り入れられていったことの、平行現象だったといえるのではないか。

サリンジャーは実生活においてもエクセントリックなところがあったようだ。彼は人気作家としては、いわゆる文壇というものの価値を認めなかった。また自分の作品が映画化されたり商業的に利用されたりすることを許さなかった。彼との個人的な関係を利用して、その素顔を描き出そうとするような試みにもノーを出した。ある意味で隠遁者のような生き方を好んできた。

こうしてみると、The Catcher in the Rye の主人公はサリンジャーその人だったといってもよい。少年が歌う If a body catch a body という文句は、ロバート・バーンズの詩の一節を援用したものだ。原点では Gin(If) a body meet a body となっている。Meet を catch に言い換えているのには、それなりの理由があるのだろう。

上の写真(AP提供)は1951年にロッテ・ジャコビが撮影したサリンジャー。





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