パリオ Palio と呼ばれるイタリア・トスカーナ地方シエナの競馬は、700年の歴史を持つ由緒ある行事だ。毎年2回、7月2日と8月16日に開催されることになっており、シエナ地方の17の集落から10の集落がそれぞれ駿馬を持ち寄って価値を争う。優勝した村落にはペナントのような旗が与えられるが、それには必ず、この行事が捧げられているマリア象が描かれている。
ところが今年はこのペナントをめぐって、ちょっとした騒ぎが起こった。行事を主催する自治体の当局がこのペナントの製作をアラブ系の市民に依頼し、かれはそれにこたえてアラブ風のマリアをペナントに絵描きいれたのだ。(上の写真:AFP提供)
マリアは十字を頂点に付した冠をかぶっているが、冠の向かって右側にはイスラムのシンボルである三日月が、左側にはユダヤのシンボルであるダヴィデの星が描かれている。
これを製作したアリ・ハッサン Ali Hassoun 氏(46)はレバノンに生まれたアラブ人だが、1982年にイタリアに移住して、その後イタリアの市民権を得た人だ。注文を引き受けるにあたって、氏の脳裏を満たしたのは、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、この三つの一神教を融和させることのできるようなイメージを表現したいということだった。
上の画像では、この三つの宗教のシンボルがマリアという人格のもとでひとつになっているのがよくわかる。氏はこうする現することで、宗教的な融和の精神を表現したいと願ったのだろう。
しかしこのペナントをめぐって、さっそく保守的なひとびとから猛反発が起こった。キリスト教の伝統を強く体現している神聖な行事のペナントに、イスラムのシンボルを持ち込むのは、イタリアの精神を踏みにじる行為だというのである。
こうした反論は広く、キリスト教の伝統とイスラムの文化とのかかわりをどのように考えるべきなのかについての、もっと本格的な議論へと発展しそうな勢いだという。というのもイタリアは目下、フランス同様多くのイスラム系市民を受容しつつあり、そのことからキリスト教とイスラム教との対立があちこちで表面化しつつあるからだ。今回のこの問題は、そうした議論の流れに火をつけた格好になるのだろう。
ところで普通なら、行事を主催する自治体の当局が、プロブレマティックな題材をめぐって、争いの火種となることがわかっているようなことをするのは不思議だといえる。ところがイタリアの、特に北部地方では、そうしたことも不思議ではなく、むしろ表ざたにすることによって、住民がより深く考えるようになることを、当局が期待しているフシがある。
北部の諸都市は昔から左翼勢力の強い地域だが、シエナを含むトスカーナ地方はとりわけ左翼の強いところだ。彼らは流入しつつあるアラブ系住民の権利擁護にも強い関心を抱いているといわれている。
だから今回の事態には、アラブ系住民の権利をめぐる議論を本格化させたいとする当局の狙いが込められているといった、うがった見方もある。
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