巨大津波:その時ひとはどう動いたか

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あの運命の日、巨大地震に続いて巨大津波が東北太平洋沿岸の集落を飲み込んだとき、地震の発生から津波の襲来まで、場所によっては1時間以上があったところもある。そういうところでは、人々は決して逃げられないほど余裕がなかったわけではない、にもかかわらず多くの人々が、逃げ遅れて津波に呑まれた。

なぜそんなことが起こったのか。NHKスペシャルの番組が、宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区を対象に、地震発生後の住民の行動を追跡することを通じて、この疑問に一定の回答を導き出していた。題して「巨大津波:その時ひとはどう動いたか」

閖上地区は5600人の住民のうち700人が津波で死亡した。この地区は地震が発生してから1時間10分後に巨大津波がやってきた。集落は海岸沿いにあり、10メートルもの津波が来れば、あっという間に全体が飲み込まれてしまう。だが背後には高台があり、そんなに時間をかけずとも安全に非難できたはずだった。だから本来なら全員が助かることもありえたことなのだ。にもかかわらず、住民の8人に1人が死亡した。

番組は死者を含む被災者たちの詳細な安否情報を落とし込んだ「被災マップ」と、地震が起きてから津波が来るまでの間何をしていたかを聞き取り調査した「行動心理マップ」を作成した。そのうえで、これらを付き合わせたら、非常時における人間の意外な行動様式が浮かび上がった。

住民のほとんどは、大きな地震があれば大きな津波が来るはずだということを、概念的にも体験的にも分かっていた。にもかかわらず即座に高台に非難するなどの適切な行動をとらなかった人が多かった。番組が発見したのは、そうした人たちには、「心の罠」のようなものが作用して、理性的な判断を曇らせたということだった。

番組が発見した「心の罠」には三つあった。正常時バイアス、愛他行動、同調バイアス、この三つである。

「正常時」バイアスとは、危険が迫っても非難したがらない性向である。自分が異常事態に陥っているのに、それを認めるのがいやで、あたかも正常な状態にいるのだと、自分を思いこかせる性向のことをいう。

番組が紹介した韓国テグの車両火災事故の際、人々は車内に煙が立ち込めても非難しようとしなかった。たいした事態ではなく、煙はすぐに収まるだろうと、皆思い込んでいたのだ。閖上でも多くのひとにこの心理が働いていた。

住民のなかには、自分たちはなにがあっても安全なのだと、あたかも事故催眠に陥っているような人たちもいた。閖上には海岸線に平行して貞山掘というものが掘られているが、これが地震から自分たちを守ってくれるのだという根拠のない確信をもたらしていた。これが異常時を正常時と誤認させたわけだ。

「愛他行動」は、極度の混乱の中で困った人を見ると、放ってはおけないという強い気持ちが働き、それが結果的に自分自身を危険にさらすという性向だ。海岸に近い3丁目、4丁目の住民の中には、年寄りを助けようとして自分が死んだという人が結構な数に上った。

「同調バイアス」とは「みんなでわたれば怖くない」という心理のことだ。明らかに危険が迫っていることは理解できるのだが、大勢の人が同じことをしていれば、なんとなく安心してしまう。たとえば大規模な交通渋滞が起こっているのに、いつまでも渋滞の中にとどまってしまうような性向だ。

以上、災害のメカニズムにはハード面とならんで、人間の心理的な側面が大きな働きをしていることが分かった。防災対策を万全なものにするには、こうした側面にも十分目配りをしなければ片手落ちになる。番組はそのことを思い知らせてくれた。





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このページは、が2011年10月 4日 20:09に書いたブログ記事です。

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