桃花源記には詩一首が添えられている。あるいは、この詩に対する序が桃花源記ということなのかもしれない。
詩は、桃花源記に記された内容のうち、そこに暮らす人々を描き、そのユートピアたるいわれを説明している。
そして、自分も是非そこに訪ね行くべく、風に乗って舞い上がりたいと結ぶ。全編が桃源郷への憧れに満たされた作品である。
―桃源郷詩
嬴氏亂天紀 嬴氏天紀を亂し
賢者避其世 賢者其の世を避く
黄綺之商山 黄綺商山に之き
伊人亦云逝 伊の人も亦云に逝く
往跡浸復湮 往跡浸く復た湮れ
來逕遂蕪廢 來る逕遂に蕪れ廢る
秦の始皇帝が天の秩序を乱したために、賢者たちはみな世の中を避けて逃れた、黄公と綺里季は商山に隠れ、この人たちもここに逃げてきた、その場所は世間からは埋没してしまい、道も荒れて消え去ってしまった(嬴氏:秦の姓、ここでは始皇帝をさす、黄綺:黄公と綺里季、隠者の名、)
相命肆農耕 相ひ命じて農耕を肆め
日入從所憩 日入らば憩ふ所に從ふ
桑竹垂餘蔭 桑竹は餘の蔭を垂らし
菽稷隨時藝 菽稷は隨時に藝う
春蠶收長絲 春蠶長絲を收め
秋熟靡王税 秋熟王税靡し
彼らは互いに励ましあって農耕に従事し、日が暮れると思い思いに休んだ、桑竹は茂って影を垂らし、菽稷は時節に合わせて植えた、春には蚕から長い糸をとり、秋の実りには税を取られることもない(菽稷:豆とコーリャン)
荒路曖交通 荒路曖として交り通じ
鷄犬互鳴吠 鷄犬互ひに鳴吠す
俎豆猶古法 俎豆は猶も古法のごとく
衣裳無新製 衣裳は新製無し
童孺縱行歌 童孺縱に行き歌ひ
斑白歡游詣 斑白歡び游びて詣る
道は荒れてはいても交わり通じ、そこを鷄や犬がのんびりと歩む、まな板やタカツキを用いた祭礼には昔のしきたりを守り、衣装も目新しさを求めない、子どもたちは自由気ままに歌い遊び、老人たちも楽しそうに遊び暮らしている(俎豆:祭礼に用いる礼器、斑白:白髪頭の老人)
草榮識節和 草の榮えて節の和むを識り
木衰知風厲 木の衰へて風の厲しきを知る
雖無紀歴志 紀歴の志すこと無しと雖も
四時自成歳 四時自ら歳を成す
怡然有餘樂 怡然として餘樂有り
于何勞智慧 何に于てか智慧を勞せん
草が生えると季節が暖かくなったと知り、木が落葉すると風が寒くなったと知る、暦があらずとも、四季はおのずから巡る、楽しいことが山ほどあるのだから、いまさら何の知恵を労することがあろうか
奇蹤隱五百 奇蹤隱ること五百
一朝敞神界 一朝神界敞る
淳薄既異源 淳薄既に源を異にし
旋復還幽蔽 旋ち復た還幽蔽す
この秘境が俗世間から隠れて500年、ある日突然人の前に姿を現した、しかしいまさら俗世間とは通じ合わないのであるから、すぐにまたもとのように隠れてしまった、
借問游方士 借問す方に游ぶの士
焉測塵囂外 焉ぞ測らん 塵囂の外を
願言躡輕風 願くば輕風を躡み
高舉尋吾契 高舉して吾が契を尋ねん
あなたがた俗世間の人にお尋ねするが、どのようにしたら仙界を訪ねることができるだろうか、自分としては風に乗って空高く舞い上がり、是非行ってみたいと思うのだ。
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