能「井筒」:在原業平と紀有常の娘

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能「井筒」は世阿弥の幽玄能の傑作で、世阿弥自身自信作と考えていたことが「申楽談義」のなかにもある。筋らしいものはなく、全曲がゆったりと進んでいくが、秋の古寺の趣と女の清純な恋情とがしっとりと伝わってくる。

世阿弥はこの曲の題材を伊勢物語の第二十三段からとった。原作は次のようなものである。読んだことのある方も多いことだろう。

「むかし、田舎わたらひしける人の子ども、井のもとに出でてあそびけるを、大人になりにければ、をとこも女も、恥ぢかはしてありけれど、をとこはこの女をこそ得めと思ふ、女はこのをとこをと思ひつゝ、親のあはすれども、聞かでなんありける。さて、この隣のをとこのもとよりかくなん。
筒井つの井筒にかけしまろがたけ過ぎにけらしな妹見ざるまに
女、返し、
くらべこし振分髪も肩すぎぬ君ならずして誰があぐべき
などいひいひて、つゐに本意のごとくあひにけり。
さて、年ごろ経るほどに、女、親なくたよりなくなるまゝに、もろともにいふかひなくてあらんやはとて、河内の国、高安の郡に、いきかよふ所出できにけり。さりけれど、このもとの女、悪しと思へるけしきもなくて、出しやりければ、をとこ、異心ありてかゝるにやあらむと思ひうたがひて、前栽の中にかくれゐて、河内へいぬる顔にて見れば、この女、いとよう化粧じて、うちながめて、
風吹けば沖つ白波たつた山夜半にや君がひとり越ゆらん
とよみけるを聞きて、限りなくかなしと思ひて、河内へもいかずなりにけり。」

この段は田舎人ものに分類されていて、必ずしも在原業平を描いたものとはいえないのだが、世阿弥はそこを敢えて、業平と紀有常の娘の恋として解釈し直した。能はこの娘の立場に立って、業平との恋の思い出を語らせている。

原作自身が美しい言葉から成り立っているので、世阿弥はそれらを借りることで、能に色を添えている。見るものは伊勢物語の世界と重ね合わせながら、その雰囲気にひたることができる。

舞台の一隅には作り物の井筒が据えられ、そこに諸国一見の僧が現れる。僧は井筒の方を見ながら、ここが歌で名高い在原業平ゆかりの寺であることを知る。(以下テクストは「半魚文庫」を活用。)

ワキ詞「是は諸国一見の僧にて候。我この程は南都七堂に参りて候。又これより初瀬に参らばやと思ひ候。これなる寺を人に尋ねて候へば。在原寺とかや申し候ふ程に。立ちより一見せばやと思ひ候。さては此在原寺は。いにしへ業平紀の有常の息女。夫婦住み給ひし石上なるべし。風ふけば沖つ白浪たつ田山と詠じけんも。此処にての事なるべし。
下歌「昔語の跡とへば。その業平の友とせし。紀の有常の常なき世。妹背をかけて弔らはん。妹背をかけて弔らはん。

そこへ里の女に扮したシテが登場する。面は若女、衣装は唐織である。

シテ次第「暁ごとの閼伽{あか}の水。月もこころ澄ますらん。
サシ「さなきだに物の淋しき秋の夜の。人目まる古寺の。庭の松風更け過ぎて。月も傾く軒端の草。忘れて過ぎし古{いにしへ}を。忍ぶ顔にていつまでか待つ事なくてながらへん。げに何事も。思ひ出の。人には残る世の中かな。
下歌「唯いつとなく一筋に頼む仏の御手の糸導きたまへ法の声。
上歌「迷をも。照らさせ給ふ御誓。照らさせ給ふ御誓。げにもと見えて有明の。ゆくへは西の山なれど。ながめは四方の秋の空。松の声のみ聞ゆれども。嵐はいづくとも。定なき世の夢心。何の音にか覚めてまし。何の音にか覚めてまし。

女が業平の墓に回向する様子をみて、僧は不審に思って尋ねかける。

ワキ詞「我この寺に休らひ。心を澄ますをりふし。いとなまめける女性{によしやう}。庭の板井をむすび上げ花水とし。これなる塚に回向の気色見え給ふは。いかなる人にてましますぞ。
シテ詞「是は此あたりのに住む者なり。この寺の本願在原の業平は。世に名を留めし人なり。されば其跡しるしもこれなる塚の陰やらん。妾{わらは}も委しくは知らず候へども。花水を手向け御跡を弔ひ参らせ候。
ワキ「げに/\業平}の御事は。世に名を留めし人なりさりながら。今は遥に遠き世の。昔語の跡なるを。しかも女性の御身として。かやうに弔ひ給ふ事。その在原の業平に。いかさま故ある御身やらん。

女はこの寺が業平を祭ることを語り、是非弔いの経を上げて欲しいと僧に願う。

シテ「故ある身かと問はせ給ふ。その業平はその時だにも。昔男といはれし身の。ましてや今は遠き世に。故もゆかりもあるべからず。
ワキ「もつとも仰はさる事なれども。こゝは昔の旧跡にて。
シテ「主{ぬし}こそ遠く業平の。
ワキ「あとは残りてさすがにいまだ。
シテ「聞えは朽ちぬ世語を。
ワキ「語れば今も。
シテ「昔男の。
地歌「名ばかりは。在原寺の跡旧りて。在原寺の跡旧りて。松も老いたる塚の草。これこそそれよ亡き跡の。一村ずすきの穂に出づるはいつの名残なるらん。草茫々として露深々と古塚の。真なるかな古の。跡なつかしき景色かな。跡なつかしき景色かな。

女が業平のことを知っているのではないかと思った僧は、女に詳しく話して欲しいと頼む。そこで女は業平と紀の有常娘とのはかない恋物語を語りだす。(クセの部分)

ワキ詞「なほ/\業平の御事委しく御物語り候へ。
地クリ「昔在原の中将。年経てこゝにいその上。ふりにし里も花の春。月の秋とて。住み給ひしに。
シテサシ「其頃は紀の有常が娘と契り。妹背の心浅からざりしに。
地「又河内の国高安の里に。知る人ありて二道に。忍びて通ひ給ひしに。
シテ「風ふけば沖つ白波立田山
地「夜半には君がひとり行くらんとおぼつか波の夜の道。ゆくへを思ふ心遂げてよその契りはかれがれなり。
シテ「げに情知る。うたかたの。
地「あはれを述べしも理なり。
クセ「昔この国に。住む人の有りけるが。宿をならべて門の前。井筒によりてうなゐ子の。友達かたらひて。互に影を水鏡。面ならべ袖を懸け。心の水も底ひなく。うつる月日も重なりて。おとなしく恥ぢがはしく。たがひに今はなりにけり。其後かのまめ男。言葉の露の玉章{たまづさ}の。心の花も色そひて。
シテ「筒井筒。井筒に懸けしまろが丈。
地「生ひしにけらしな。妹見ざる間にと詠みて贈りける程に。その時女もくらべこし振分髪も肩過ぎぬ。君ならずして。誰かあぐべきと互詠みし故なれや。筒井筒の女とも。聞えしは有常}が。娘の旧き名なるべし。
ロンギ地「げにや旧{ふ}りにし物語。聞けば妙なる有様の。あやしや名のりおはしませ。
シテ「誠は我は恋衣。紀の有常が娘とも。いさ白波の立田山夜半にまぎれて来りたり。
地「ふしぎやさては立田山。色にぞ出づるもみぢ葉の。
シテ「紀の有常}が娘とも。
地「又は井筒の女とも。
シテ「恥かしながら我なりと。
地「いふや注連縄の長き夜を。契りし年は筒井筒井筒の陰に隠れけり。井筒の陰にかくれけり。

中入。伊勢物語の歌を引き合いに出しながら、ひととおり語り終わると、女は自分こそが紀の有常の娘の亡霊なのだといって、舞台を去る。すると間狂言が登場して、業平と紀の有常の娘とのはかない恋について語り、先ほどの女こそ紀の有常の娘の亡霊であるから、手厚く弔うように薦めて去る。

僧がワキ座で待謡を歌っていると、後シテが業平の形見の衣装を着て登場する。頭には初冠をかぶっている。

ワキ歌待謡「更けゆくや。在原寺の夜の月。在原寺の夜の月。昔を返す衣手に。夢待ちそへて仮枕。苔の莚に。臥しにけり苔のむしろに臥しにけり。
後シテ一声「あだなりと名にこそ立てれ桜花。年に稀なる人も待ちけり。かやうに詠みしも我なれば。人待つ女ともいはれしなり。我筒井筒の昔より。真弓槻弓年を経て。今は亡き世に業平の。形見の直衣。身に触れて。恥かしや。昔男に移舞。
地「雪をめぐらす。花の袖。

優雅な序ノ舞の後、シテは井筒に近づき、その中を覗き込みながら、昔のことを改めて思い出し、感慨にふける。一曲の最大の見所である。

シテワカ「こゝに来て。昔ぞかへす。在原の。
地「寺井に澄める。月ぞさやけき。月ぞさやけき。
シテ「月やあらぬ。春や昔と詠{なが}めしも。いつの頃ぞや。筒井筒。
地「つゝゐづつ。井筒にかけし。
シテ「まろがたけ。
地「生ひしにけらしな。
シテ「老いにけるぞや。
地「さながら見みえし昔男の。冠直衣{かぶりなほし}は。女とも見えず。男なりけり。業平の面影。
シテ「見ればなつかしや。
地「我ながらなつかしや。亡婦魄霊に姿はしぼめる花の。色なうて匂。残りて在原の寺の鐘もほのぼのと。明くれば古寺の松風や芭蕉葉の夢も。破れて覚めにけり夢は破れ明けにけり。


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