いただく:謙譲語、尊敬語、丁寧語

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このお菓子おいしいですよ、あなたもどうぞいただいてください

こんな表現を聞いて、不自然に思う人とそうでない人との割合は、半々くらいではないだろうか。不自然と思う人は、「いただく」を謙譲語と考えており、それが尊敬語として使われていることに不自然さを感ずる。その人にとって正しい言い方は、「どうぞ召し上がってください」あるいは「お食べになってください」である。

これに対して不自然と感じない人は、「いただく」を「食べる」の丁寧な言い方と考えている。その人たちも「いただく」が本来謙譲語であったことは知っているのだろうが、自分の食事について「いただく」という言葉を日常的に用いている間に、それが食べることの丁寧な言い方であるという意識が強まって、他者についてそれを用いても不自然に感じなくなったのではないか。

歴史的にみれば、「食べる」という言葉にも同じような作用が働いていたといえる。別稿で述べたように、「たべる」は「たまはる」の転化した形である。「たまはる」は謙譲語であるが、それがいつの間にか「くふ」ことの丁寧な表現として定着した。その点では「いただく」の先輩格なのである。

興味深いことに、謙譲語としての「たまはる=給わる」という表現は、そのままの形で今でも残っており、「たべる」のほうはその変形として、もっぱら「食う」という意味に純化した。

日本語には「敬意低減の法則」というものがある。長い間使われ続けている間に、ことばに含まれている敬意の度合いが減少するというものだ。だから本来丁寧語であったはずの「たべる」という言葉から敬意の度合いが減少し、それに代わるものとして「いただく」が用いられるようになったのではないか。

以上は謙譲語が丁寧語化した例だが、「いただく」という言葉は尊敬語として使われる場合もある。上述の「いただいてください」についても、見方によっては尊敬語を使うべき文脈で謙譲語を使ったと感じる人もいるだろう。だが謙譲語を尊敬語に使用することについては、もっと露骨な表現が氾濫している。

たとえば「もらってください」あるいは「受け取ってください」という意味で「いただいてください」という人がいる。人によっては「いただきになってください」などという。こんな言葉を聞くと、筆者などは耳がこそばゆくなるのを感じる。

「いただく」のほかに、「存じ上げる」、「差し上げる」などの謙譲語も尊敬語として使われる。たとえば「あの方を存じ上げていらっしゃいますか」、「お子様に差し上げてください」といった具合に。

謙譲語の中でも「いただく」が使われる頻度は圧倒的に多い。日常の会話や文書の中で、それこそくどいほどよく用いられている。すこしでも丁寧な言い方をしようとする意識が働くと、この言葉が出てくるようなのだ。






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今晩は、

普段いやだなあと思い、気になってる事を良くぞ書いて下さいました。 それを取り上げて下さって有難うございます。

>あなたもどうぞいただいてください。

おかしいですね、なんだか尊敬を押し売りされてるような、敬意を持って食べるよう促されてるみたいで。 「私はそんな言い方をされる必要ないんです。」 と言えば良いのですが、まあイイやと投げ遣りな、いい加減になってる私にも責任があります。 前はそんな言い方をする人はいませんでした。 普通 「どうぞお上り下さい。」、「どうぞ上がって下さい。」 とか 「どうぞ召し上がって下さい。」 と言い、仲間、友達同士だったら 「食べてみて。」 と言いますね。 よほどそのお菓子を出した人が尊敬すべき偉い人で、その場に居合わせてるのであれば、そんな言い方も出来るかもしれません。 「こんな美味しいお菓子があるので、押し頂く事に与りましょう。」 と言う意味に近くなりますね。

ただし、こちらから食べる興味がある時は、それを出してくれた人の前ではその人を立てて、叉感謝の意味をも込めて、「頂いてみる?」 とは言いますが。


何が何でも物を食べる時、「頂く」と言う言葉を使うのは嫌いです。 「食べる」と言っても少しも乱暴ではないのです。 多分、丁寧ぶって、上品ぶって「食べる」事を 「頂く」 と言ってるのではないかと思います。 これも直接作ってくれた人(家族以外))が一緒にいれば、その人に感謝の意味をも持って、「頂く」と言う表現を勿論使います。 例えば 「これ頂いたけど、とても美味しくて、どんな作り方で?」 と。  しかし、自分が店で買った物とか、不特定多数の人が作った物の時は「頂いたら、美味しかった。」 なんて言いません。しかし、お土産を人から貰った時は、その人に 「頂いたら、美味しかった。」 と言いますが。 兄が旅行先で食べた物を 「何々を頂いて、美味しかった。」 と書いて来た時は内心ビックリし、何故そんな言い方を?この人変わったのかしら?と思いましたが、兄なので黙ってました。 父は一度としてそんな喋り方はしませんでした。 やはり、これは彼のお嫁さんの影響(かかあ天下?)ではないかと思います。


ペットにご飯をやる時は専ら「お上がり。」 と言ってます。 でも何故か 「お食べ。」 とは言った事がなくて。 多分それはぞんざいな、相手を見下した言い方の 「食べな。」 に近い感じがするからではないかと思います。 「食べな。」 と言うと何故か汚い、卑しい感じなんです。 「食べなさい。」 と言うと命令してるような感じがします。

「食べる」、「頂く」もTPO, 即ちその場に応じた使い分けですね。 今まで常識で使い分けてた事がそうでなくなって来てるのは嘆かわしい事です。 個々が意識して、行き当たったら直して上げるより他に方法はないのでしょうか。

叉、「食べる」 代わりに 「食す」 と女性が言う(書く)のも気に入らないんです。 学術書等で動物が、昆虫が何かを食べる時や一昔前の小説などで男性が 「食す」と表現してるのは少しも気になりませんが。 食べる行為そのものをさす言葉のように思え、女性が使うといかつい感じが拭えません。

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