学生時代の仲間三人と両国でふぐを食った。松子がふぐを食いたいというのでわざわざ設定したものだ。昔本所の事務所に勤めていた折、よく利用した店があったのでそこにしようかと思ったのだが、どうやらすでに廃業していまはないらしい、そこで両国駅前のたらふくという店に予約した。
当日は昼から降り出した雨が夕方には雪になった。寒さに震えながら座敷に通されると、三人ともすでに来ていてビールを飲み始めている。早速乾杯ということになった。
料理はふぐのコースになっていて、皮の千切りのサラダ、にこごり、さしみ、から揚げが次々と出てきた。さしみはこりこりとした食感でなかなかうまい。舌鼓をうっていると、仲居さんが折角ふぐを食べにいらしたんだから、焼き白子もいかがですかという。これはコースに入っておらず、値段も一皿3000円と高めだったが、二皿とってみようということになった。
高いだけあってうまい。もちのようにふかふかしていて、舌触りといい味といい、一流だ。財布への気兼ねが要らないのだったら。もう二皿頼んでも良かったところだ。
まず互いの近況が話題になった。松子は三月に定年退職した後は再就職せず、大学のシニアコースに入るという。老いて猶勉学に志すとは殊勝な限りだ。山子は日刊新聞に掲載しているというエッセーの写しを配ってくれた。落子はマンションの管理組合の理事長の仕事が、相変わらず忙しいという。忙しいけれど旅行くらいは続けようということでまとまり、初夏にでも信州にドライブしようということになった。
松子に何を専攻するつもりかと尋ねたら、マクロ経済学だという。マクロな視点で現代の日本経済を切り込みたいということらしい。山子も日本経済には大いに関心があるようで、語りだすと止まらない。エッセーの内容ももっぱらそっちの方面に傾いているようだ。
筆者はといえば、経済や政治の話には興味がないので、専ら文学を語る。だがほかの三人は文学には余り関心がないらしい。
そんなわけでいつもの通りとりとめがなく、かみあわない会話を重ねているうち、テッチリの出番になった。ふぐの切り身がなかなか大きくて食い応えがある。それを特製のポン酢に浸して食う。
ビールの後で始めていたひれ酒が進み、山子と落子などは五杯目を注文する。仲居さんがひれの上から酒を注ぎ、それに火をつける、ひれ酒は青い炎をたてて燃え上がる。日本酒でも燃えるのは、熱せられてアルコールが蒸気になっているためだ。こうして出来上がったひれ酒はまろやかな味になる。
最後の仕上げはおじやだ。具を全部掬い取って汁だけになった鍋の中に、洗った飯を入れ、それに卵を絡ませておじやにする。これがまた頗るうまい。
こうした具合で今宵もまたうまいものを食い、うまい酒を飲むことが出来た。人間長生きしての楽しみは、口腹の快楽に如くはない。
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