漢詩と中国文化


陶淵明「山海経を読む」から其八「自古皆有沒」(不老不死の願望を歌う)を読む。

陶淵明「山海経を読む」から其六「太陽の女神羲和」の詩を読む。

陶淵明「山海経を読む」から其五「翩翩三青鳥」を読む。

陶淵明「山海経を読む」から其二「玉臺凌霞秀(西王母)」を読む。

山海経は中国最古の地理書である。地理書といっても、単なる地理を記したものではなく、各地にまつわる神々や妖怪、珍獣の類について、空想力豊かに記している。成立したのは秦から漢にかけての頃と推測されているが、古い部分は周の時代に遡ると思われる。その中には、神話の記述も含まれ、古代の中国を知る上で貴重な文献である。

陶淵明の詩「乞食(食を乞う)」を読む。

荊軻はいうまでもなく秦王(後の始皇帝)を暗殺するために、燕によって派遣された刺客である。史記が刺客列伝の中で荊軻をとりあげ、その壮烈な志を描いたことから、中国史上でも最も人気のある人物となった。その荊軻を、陶淵明は、史記の記述をもとに一遍の詩に歌った。

陶淵明の詩「貧士を詠ず」其二「淒厲歳云暮」を読む。

陶淵明の「詠貧士七首」は、古の貧士にことよせて、己の生き方とそこに貫く矜持を歌った作品群だ。貧士とは清貧と孤独に甘んじつつ、世の流れに流されず、あくまでも己の美学を追及した人々である。清廉潔白の士と言い換えてもよい。陶淵明はそうした人々の生き方に己の生き方を重ねることによって、汚濁にまみれた世に生きざるを得なかった、無念のようなものを昇華したかったのだと思われる。

陶淵明擬古九首から其九「種桑長江邊(山河忽ち改まる)」を読む。

陶淵明擬古其八「少時壯且厲」を読む。

陶淵明擬古九首から其七「日暮天無雲」を読む。

陶淵明擬古九首から其五「東方有一士」を読む。

陶淵明擬古九首から其四「迢迢百尺樓」を読む。

陶淵明擬古九首から其一「榮榮窓下蘭」を読む。

陸游は南宋第一の詩人。宋が女真族の金によって侵略され、北土を失い江南によって南宋となったころ、その混乱に満ちた時代を生きた。中国が南北に分断された状況は、陶淵明の生きた南北朝時代と共通するものがあった。

北宋の大詩人蘇東坡は波乱に富んだ生涯を送った。若くして高級官吏となったが、政争に巻き込まれて何度も挫折し、左遷、下獄、追放を繰り返した挙句、晩年は南海の果ての海南島に流されている。

唐宋以降の中国の詩人たちにとって陶淵明は詩聖のごとき存在であったから、誰しもその体に倣った詩を作った。中でも白楽天は、陶淵明に心酔すること深く、陶淵明の生き方を強く意識していた。

杜甫によって酒仙と称された李白は自他ともに認める酒豪、酒の歌を多く作った。そんな李白にとって、陶淵明は酒の風雅を愛する者の先輩格。李白は折に触れて陶淵明を念頭においた詩を作っている。

盛唐の詩人孟浩然は、自然派詩人として王維と並び称され、時に王孟と呼ばれる。王維よりは10歳年長であるが、両者は親しく交友した。その死に際して、王維は深い悲しみを表した詩を作っている。

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