金正日死後、北朝鮮の新たな権力者として姿を現しつつある金正恩が、世界に向けて初めてメッセージを発した。自分自身の口からではなく、国防委員会の声明としてだ。発表の形式からして、金正恩が軍の庇護下にあることをうかがわせ、金正恩がまだ自立していないのではないかとの観測を強めているが、それにしても内容はお粗末の限りで、折角世界の政治舞台へデビューを飾ったにしては、能のないメッセージだった。
金正日死後、北朝鮮の新たな権力者として姿を現しつつある金正恩が、世界に向けて初めてメッセージを発した。自分自身の口からではなく、国防委員会の声明としてだ。発表の形式からして、金正恩が軍の庇護下にあることをうかがわせ、金正恩がまだ自立していないのではないかとの観測を強めているが、それにしても内容はお粗末の限りで、折角世界の政治舞台へデビューを飾ったにしては、能のないメッセージだった。
「ペリクリーズ」は、5幕それぞれの冒頭にコーラスが出てくる。コーラスの名は「ガワー」という。シェイクスピアがこの劇の材源とした中世の小説「恋人の告白」の作者である。この作者にコーラスをさせることで、非常に長い年月や複雑な舞台装置を観客に理解してもらおうとしたのだと思うが、コーラスを持ち込むことで、劇の進行に弾みをつけることを狙っていたのかも知れない。実際の舞台の上で、このコーラスは十分に機能しているといえる。
シローヴィキ(силовики)とは、KGB(KГБ)などの公安機関の出身者をさしていうロシアの政治用語だ。プーチンはそのシローヴィキのボスとして、自分のまわりに忠実な人間を集めて、強大な権力を支えさせている。このたび、そうしたシローヴィキたちが、メドヴェージェフによって重要なポストに配置された。
竜の落とし子に栄光あれ
海の馬 濡れた馬
どんなジョッキーも乗りこなせない
どんな調教師も手なずけられない
ハイヨ ハイヨ ハイヨ いい子だ
インドを訪問した野田さんがまず案内されたのがガンジー記念館、そこにはガンジーの政治理念を記した碑があったが、それに書かれていたのは七つの大罪、その大罪の筆頭には「理念なき政治」とあったそうだ。
「アフターダーク」という小説は(少女の)イニシエーションの物語だと、作者の村上春樹本人があるインタビューの中で述べているのを読んで、おやと思った。女子の場合にもイニシエーションと云うものがあるうるのだという当たり前のことに気づかされたのがひとつ、もうひとつは、この小説が一人の若者(少女)の成長の物語という側面を持っていることに気づかされたのが新鮮だったのだ。
金正日の死亡が伝えられてからというもの、北朝鮮全土では、派手なパフォーマンスで泣き叫ぶ人々の姿が目立った。その様子は海外のメディアにも伝えられたから、世界中の何億と云う数の人々が見たに違いない。彼らは、北朝鮮の人々が何故こんなにも激しく泣いているのか、その理由を理解するのに難儀を感じたことだろう。
元豊7年(1084)蘇軾は黄州から徐州に移る途中廬山を訪ねた。僧侶の参寥が同行した。廬山に着くと大勢の土地の僧侶が集まってきて、蘇軾との交友を求めた。その頃すでに蘇軾の名は天下に知れ渡っていたのである。
12月24日には、モスクワのサハーロフ通りには、民主化を求めて立ち上がった人々約6万人が集まった。10日よりも更に数を増し、倍以上の規模を示したわけだ。
福島第一原発の事故についての政府の調査・検証委員会が、中間報告を発表した。政府や東電が津波による過酷事故を想定せず対策が甘かったばかりか、事故発生後の対応も不十分で事故を拡大させた可能性が高いほか、周辺住民や国民への情報提供も問題を抱えていたとするもので、極めてシビアな内容となっている。
昭和初期の新聞社が軍部と結託して戦争を煽ったことについては、先稿「熱狂はこうして作られた:メディアの戦争責任」の中でも触れたところだ。その中で、最も戦争礼賛に熱心だったのは東京日日新聞(今の毎日新聞)で、朝日新聞などは批判的なところもあったと書いたが、それは事実ではなかったようだ。半藤一利さんの「昭和史」を読むと、大新聞は一貫して戦争を煽り立てていたということになる。
ソヴィエトが崩壊して一時は西欧並みの民主主義と自由市場経済の定着が期待されたロシアだが、結局ロシアはロシアでしかないし、これからもロシアでしかありえないだろう、近頃は、そんな風に思わせられることばかりが続く。
豊穣たる熟女の面々と西銀座を歩いた。前回新橋のガード下を覗き歩いた帰りに西銀座の高速下沿いに伸びるおしゃれな街並みに感心して、是非ここで忘年会をしようよと語り合っていたのだったが、その思いを実現させたということなのだ。
「農民の結婚式」と呼ばれるこの絵は、次の「農民の踊り」とともに、ブリューゲルが「農民画家」というレッテルを張られるきっかけを作った画だ。ブリューゲル自身は農民の出身ではなく、洗練されたインテリであったらしいが、こうした絵を見る限り、いかにも骨太で、土の匂いを感じさせる雰囲気に満ちている。
エズラ・パウンドの連作詩「ヒュー・セルウィン・モーブリー(Hugh Selwyn Mauberley)」から「反歌(ENVOI)」(壺齋散人訳)
ものいわぬ沈黙の書物よ
かつてローズの歌を歌ってくれた女に伝えよ
金正日の死に伴って北朝鮮の情勢が一気に流動化することが懸念されているが、いまのところ政権が不安定化したり、社会的な混乱が起きたりと云った事態は認められていない。金正日の葬儀も、計画的に実施されていきそうだ。こんなところから、キムジョンウンの権力基盤が意外と強固なものとなっているのではないかとの憶測もとびかっている。
「ペリクリーズ」は、今日ロマンス劇に分類されるシェイクスピア晩年の四作品のうち最初のものである。ロマンス劇とはなにか、その定義については別稿にゆずるとして、この作品はシェイクスピアの劇の中でも、上演史上もっとも人気のあるものだった。筋立てや演出が、ファンタスティックな要素に富み、エンタテイメントとして魅力があったからだ。その娯楽性こそ、ロマンス劇の本質であるのかもしれない。
20世紀が暴力の世紀だったとすれば、ヒットラーとスターリンはその暴力を一身に体現した独裁者だった。彼らのやったことは桁外れだった。ヒットラーは特異な人種差別哲学に基づいて何百万人ものユダヤ人を殲滅したほか、ロシア人をはじめヒットラーが生きる価値のない野蛮人だと考えた人々を殺戮しつくした。これに対してスターリンは、自分の権力を維持するという目的から2000万人をこえる同国人を粛清と称して殺害した。この二人の個人的な野望を満たすために、膨大な数の人々が犠牲になったわけだ。
ソウルの街を歩いていて一番困ったことは、ハングル文字に通じていないために自分のいる場所に関する情報を的確につかめなかったことだ。なんとか音を割り出すことはできても、意味と結びつかない。その点漢字を通じてある程度の情報が得られる中国とは全く違う。まるで不思議の国にいるかのような錯覚にとらわれるほどだ。
ロベール・デスノスの「お利口さんのおとぎ歌」から「かたつむり(L'Escargot)」(壺齋散人訳)
お天気はどう?
カタツムリがいいました
お天気がいいと
都合が悪いの
雨降りのほうが
都合がいいの
先日の野田総理による福島第一原発における冷温停止宣言を踏まえて廃炉にむけた工程を検討してきた政府と東電の合同チームが、その概要を発表した。使用済み燃料の取り出し開始までの第一期(2年以内)、溶融燃料取り出し開始までの第二期(10年以内)、廃炉完了までの第三期(30-40年)というものだ。
十一月十三日(火)晴。早朝起床し午前五時頃迎へのバスに乗る。同乗の者の殆どは新顔なり。ガイドもまた別人なり。このツアーは客とスタッフの組み合はせを柔軟にすることにより、時間及びコースを合理的に配分しをるやうなり。
「僕=村上はこの文章の筆者である。この物語はおおむね三人称で語られるのだが、語り手が冒頭に顔を見せることになった・・・どうして僕がここに顔を出したかというと、過去に僕の身に起こったいくつかの、<不思議な出来事>について、じかに語っておいたほうが良いと思ったからだ」
田中素香氏はユーロ問題に取り組んできており、岩波新書からも「ユーロ その衝撃とゆくえ」(2002)を出版したりもしている。その視点の特徴は、EU統合の経済的な側面に注目する以上に、その政治的な側面を重視することにある。
夕刻コリアハウスに至る。もと政府の迎賓館たりし施設にして、いまはソウル市当局直営による伝統料理および伝統芸能振興のための施設なり。ここにて韓国の宮廷料理を堪能し、伝統芸能を観賞せんとするなり。
北朝鮮の独裁者金正日が死んだことで、韓国、日本、アメリカに緊張が生じたほか、中国も国境警備を強化するなど、一定の反応を示している。金正日の死により生じる政治的空白が、朝鮮半島情勢に不測の事態をもたらすことを警戒してのことだ。
十二月十二日(月)晴。ホテルを七時半に辞すること昨日の如し。昨日とは異なる朝食屋に入りてあはびの粥を食ひて後、ソウル中心部の繁華街に位置するロッテ免税店に案内せらる。店内フロア一面にブランド品のショップ立ち並びたれど、余はあへて買ふべきものあらざれば、休憩コーナーに坐して茶を飲みたり。
半藤一利さんは「昭和史」の中で、日本軍による南京虐殺は確かにあったと断定している。ただし、中国側が主張するように30万-40万人もの人間が虐殺されたということは、当時の南京の状況からしてありえない。それでも国民党軍の兵士や一般市民など3万人程度を、日本軍が戦闘行為以外の場で虐殺したことは間違いないようだ、という。
久しぶりに復活した日韓シャトル外交で日本を公式訪問した李明博大統領、迎えた野田総理はこれを外交上の得点に結び付けたかったようだが、意に反して日韓会談の内容は極めて厳しいものになった。李明博大統領がいわゆる従軍慰安婦問題を取り上げて、野田政権によるこの問題への高度な政治的対応を求め、これ以外の懸案事項がみな消し飛んでしまうほどのインパクトをもったからだ。
夕食後韓国式エステなるものを体験す。ビルの地階に入浴施設あり、そこにて全身の垢すりとマッサージを楽しむといふものなり。
晩年のブリューゲルは農村に生きる人々を良く描いた。今日ブリューゲルの代表作として伝わるこれらの絵は、婚礼や祭を生き生きと踊り暮し、またたっぷりと物を食う人間として描かれている。伝統的な絵画が、人間の自然とは異なった面を強調していたのに対し、ブリューゲルは人間の自然との連続性に光をあてたのだった。
量子物理学を構成する単位の中で、いまでに発見されていない唯一のものであるヒッグズ粒子の存在を垣間見たとする研究結果が、欧州合同原子核研究機関(CERN)の二つの研究グループによって発表された。
午後二時頃東九陵(トングルン)に至る。朝鮮王朝九代の王ならびに王妃の陵墓群なり。ソウルの東郊に位置することから東九陵と名付けらる。明の陵墓を下敷きにしたるものと思はるるなれど、明に比すれば規模はるかに小なり。
エズラ・パウンドの連作詩「モーバリー(Hugh Selwyn Mauberley)から第十二の詩「ダフネが木の皮に太股を突っ込んだまま(DAPHNE with her thighs in bark)」(壺齋散人訳)
ダフネが木の皮に太股を突っ込んだまま
俺に向かって草っぱみたいな手を指し伸べた気がする
だが現実の俺はビロードの応接間で
ヴァレンタイン夫人の指示を待っていたんだ
米誌TIME恒例のThe Person of the Year 2011に指名されたのはプロテスター(Protester 抗議する人)だった。特定の個人でもなく、かといって集合概念としての抗議者でもなく、抗議する個人である。
十二月十一日(日)晴。七時起床、七時半大型バスに乗り込む。乗客はヴィクトリアホテルから乗り込みたる二組のほか、ロッテホテルから乗り込みたるもの数組、あわせて十七-八名なり。
「コリオレイナス」は「アテネのタイモン」とともにシェイクスピアの最後の悲劇である。この両者には故国に絶望した男の話と云う共通性があるが、「コリオレイナス」には「ジュリアス・シーザー」と共通の問題をテーマにしているという側面もある。それは歴史における英雄の解釈をめぐる問題である。
広東省東部陸豊の小さな漁村烏坎(Wukan)で地元住民が地方当局と激しく対立し、暴動に発展しているようだ。当局の厳しい検閲で詳細はなかなかわからないが、香港を中心に広がるミニブログの動きや外国人ジャーナリストの取材などを通じて少しづつわかってきた。
横、今の二子とは一昨年に上海、昨年には北京に旅を共にせり。今年は杭州など江南を旅せんと誘ひしが、長期の休暇とりがたしとて実現せず、余単身にして旅行せり。その後年も押し迫る頃になりて彼ら短期の休暇ならば取得すべしと申し越せしかば、ともにソウルに旅せんと欲す。
ロベール・デスノス「お利口さんのおとぎ歌」から「ワニ(L'Alligator)」(壺齋散人訳)
ミシシッピの川辺に
ワニがいっぴき潜んでました
そこへ男の子がとおりがかると
「こんにちは お坊っちゃん」
昨年中国の反体制活動家劉暁波氏にノーベル平和賞が授与されたことに腹を立てた中国共産党が、腹いせに設けた孔子平和賞、第二回目の今年は中止と一時は報道されたが、どういうわけか復活した。その名誉ある受賞者は誰あろう、今やロシアの民衆から激しく批判されているプーチン首相だ。
村上春樹の小説「アフターダーク」は、「海辺のカフカ」の後で書かれた最初の長編小説である。長編とはいっても、やたら長いのが普通な村上の作品としては比較的短い。文庫本にして300ページ足らずだ。だから中編小説といってもよい。
黄州にいたころ、蘇軾は朝雲という女性を妾にした。朝雲は蘇軾の夫人が杭州時代に侍女にと買ったものだった。その時朝雲はまだ12歳、以後蘇夫人の侍女として仕えてきた。単なる女中ではなく、教養のある女執事のようなものだった。
昭和時代前期の戦争の時代に登場する日本の政治家には、遠大な展望と精緻な分析をもとに国家を正しい方向へと導けるようなスケールの大きな政治家はいなかった。日本国民にとって不幸なことに、近視眼的な展望と混濁した意識しか持ち合わせない矮小な政治家はいくらでもいた。その連中が、日本と云う国を誤らせた、これが昭和史前期の政治家群像に関する半藤一利さんの基本的なスタンスだ。
サウロの回心の話は聖書の「使徒列伝」の中に出てくる。ダマスカスに向かっていたサウロの部隊がダマスコ近くに差し掛かった時、イエス・キリストの声がサウロに話しかけ回心をせまったという話だ。サウロは回心したのちパウロとなって、キリストの教えを広めるようになる。
シャルトルはパリの南西にある小さな街だ。中世に建てられた巨大なゴシック寺院で知られている。フランスには中世のゴシック寺院があちこちに残されていて、それらの多くは世界遺産に登録されている。シャルトルのゴシック寺院は、アミアンやランスと並んで、もっともエレガントなものだ。
12月4日の下院選挙を巡って、モスクワやサンクト・ぺテルブルグで民衆のデモが巻き起こったことについて、プーチンはそれをアメリカがたきつけた結果だと、強い口調で非難した。そして、12月10日の土曜日に、ロシアの80都市で予定されているデモについても、それはヒラリー・クリントンにそそのかされた連中が企んでいることだと決めつけて、徹底した弾圧をほのめかしている。
ソ連(ロシア)に社会主義政権が誕生するのは1917年のことだが、社会主義経済システムが本格的に動き始めるのはスターリンによる第一次5か年計画(1928年)の成果が出始める30年代以降のことである。30年代と云えば、アメリカの大恐慌を契機に世界中が不景気になっていた時期だ。そういう時期に、ソ連は五か年計画がうまく働いたこともあって、資本主義国のように恐慌に苦しまずに済んだ。そこを社会主義経済の優位性の現れだなどと大いに自慢したものだったが、その後の進展はむしろ、社会主義経済の弱点を痛感させるようなことばかりが起こる。
ロベール・デスノスの辞世の詩「最後の歌(Dernier Poeme)」(壺齋散人訳)
僕はこんなにも君を夢見ながら
こんなにも歩き回り
こんなにもおしゃべりをし
こんなにも君の面影を追ったために
僕に残されたのは君だけになった
僕はもはやただの幻にすぎないけれど
普通の幻より百倍も幻らしい幻となって
君の輝かしい人生の中に何度も甦ることだろう
来年の大統領選挙の前哨戦とも位置付けられていたロシアの下院選挙は、プーチンにとっては苦い結果となった。かろうじて過半数は維持したものの、投票率も議席数も前回より大幅に減らした。それも、組織的で大規模な選挙違反が行われたにも拘わらずだ。
猪木武徳氏の「戦後世界経済史」(中公新書)を読んだ。20世紀の百年間を展望しつつ、1945年からの約半世紀の間に世界で進行した経済発展の状況を俯瞰したものだ。地球規模の発展というグローバルな視点からの概観を縦糸に、欧米、アジア、社会主義経済圏といった地域的分析を横糸に、この半世紀に世界経済がどのように発展してきたかを総合的に解釈したものだ。
村上春樹の短編物語集「神の子どもたちはみな踊る」の中で、最も村上らしさが現れた作品と云えば「かえるくん、東京を救う」だろう。これは風采の上がらない中年男が、突然あらわれた蛙の化け物に、東京を地震から救いたいので、ぜひ一緒にやってほしいと頼まれるところから始まる。かえるくんはこのしがない中年男の協力を得て、地下の怪物ミミズ君と壮絶な戦いを展開し、ついに東京を巨大地震から救う、そんなメチャクチャな物語が、読者の心をやさしく癒してくれるのだ。
惑星探査衛星ケプラーは、2009年に打ち上げられて以降これまでに1000以上の惑星候補のデータを収集してきたが、そのうち生命存在の可能性が高い惑星が10個ほど含まれていた。その中でも、いわゆるハビタブル・ゾーンを周回し、大きさや表面温度が地球と同じ程度の惑星の存在が確認された、とNASAが発表した。
今回の中国江南地方ツアー旅行の現地ガイドを勤めた康康はなかなかユニークな若者だった。日本人の若者には見られない、達観したような楽天性を感じさせ、それが老人主体の同行の旅行者たちの気持ちを慰め、旅行を一段と楽しいものにしてくれた。ここでは多少の感謝の意を込めて、彼のことを紹介しておきたいと思う。
蘇軾の五言古詩「寒食の雨(其二)」(壺齋散人注)
春江欲入戶 春江 戶に入らんと欲し
雨勢來不已 雨勢 來って已まず
小屋如漁舟 小屋 漁舟の如く
濛濛水雲裏 濛濛たり水雲の裏
空庖煮寒菜 空庖に寒菜を煮
破竈燒濕葦 破竈に濕葦を燒く
那知是寒食 那ぞ知らん是れ寒食なるを
但見烏銜紙 但だ見る烏の紙を銜むを
君門深九重 君門深きこと九重
墳墓在萬里 墳墓萬里に在り
也擬哭途窮 也た途の窮するに哭せんと擬す
死灰吹不起 死灰 吹けども起こらず
ネアンデルタール人の一部が現生人類の祖先と混血していたことは確かなようだが、その混血がネアンデルタール人が消滅した主要な原因だった可能性が高いと、アメリカの人類学者マイケル・バートン(Michael Barton)氏が主張している。
十一月十六日(水)晴。早朝五時前に起床して六時前にホテルを辞し七時頃には浦東空港に到着す。ここにて搭乗手続きをなし、康康と別れを告ぐ。彼引き続いて別口の仕事待ちをる由なり。
昭和史の中で昭和天皇が果した政治的な役割と云うのは、意外と大きいものだった。半藤一利さんは、「昭和史」のなかでそんな評価をしているようだ。それも昭和天皇を、世界情勢を自分なりに認識されたうえで、この国を誤った方向から救い出そうと努力された人として見ているところがある。実際に日本がたどった道を見れば、昭和天皇の意思とは異なった方向に走ってしまったわけだが、天皇は立憲君主制の枠の中で、機会が訪れるたびに、自分の意思を表明しようとされた。
今年は日米開戦70周年とあって、真珠湾攻撃日の12月8日に向けて、NHKが戦争経験者たちの証言集を放送していた。真珠湾から70年、敗戦からでも66年たっているから、戦争を身を以て体験した人も、かなり高齢化している。実際テレビのインタビュー場面に登場した人々はみな、80歳代後半から90歳代の人たちだった。彼らの多くは、今までは口の重かった人たちだ。その彼らがやっと、口を開いて、自分の経験した辛い出来事を話していた。
午後上海博物館を訪ふ。まづ四階に上り、階段を順次下る。四階にては少数民族衣装館を見、三階にては中国歴代絵画館を見、二階にては中国古代陶磁館を見、一階にては中国古代青銅館を見る。
この絵は洗礼者ヨハネの説教に借りて、同時代のプロテスタントの集会を描いたのだと解釈されている。ヨハネはネーデルランドで優勢な再洗礼派の宗教的な支柱であった。
アフリカ大陸の諸国が長い沈滞を脱却して力強い興隆の兆しを見せ始めている、アフリカ諸国の経済成長はいまや東アジアと並び、今後の世界経済のけん引力になろうとする勢いだ。まさに勃興といってよい。だが手放しでよろこんではいられない。経済成長の影では、政府関係者による汚職や腐敗が蔓延している。そんなアフリカの近年の様子を、ENOMISTの最新号が報告している。Africa rising After decades of slow growth, Africa has a real chance to follow in the footsteps of Asia
十一月十五日(火)晴。この日は終日上海市内観光をなす。まづ手始めに浦東地区を訪れ環球センター通称森ビルの展望台に上る。このビルはいまだに上海一高いビルの由。その傍らに新しいビル建築中にて、これが二千十五年に完成の暁には上海一の高さになるはずといふ。中国人は国家の威信にかけてもこのビルの完成を望みをる由。
エズラ・パウンドの連作詩「ヒュー・セルウィン・モーブリー(Hugh Selwyn Mauberley)」から第十一の詩「ミレジア精神を受け継ぐ女」(CONSERVATRIX of Milesien)(壺齋散人訳)
ミレジア精神を受け継ぐ女だって
それは多分 フィーリングのようなものだろうけど
それにしてはイーリングで
こちこちの英国紳士と暮らしてるのはどういうことだ
米ジョージタウン大学の学生たちが中国の核弾道ミサイルの保有状況を調査した報告者が、ペンタゴンをはじめアメリカの政府機関や議会の熱い視線を集めている。363ページに上るこの報告書は、中国がアメリカの想像を超えて多くの核弾道ミサイルを保有し、アメリカの安全にとって大きな脅威になっていると警告している。
上海雑技は前回の上海旅行の折に見物したれど今回は別の劇場を案内すといはれ再見することとなす。劇場の名は上海馬戯場または雑技センターといひて上海に存在する雑技劇場の中では最大のものなり。
ベッド・トリック(Bed Trick)と云うのは、相手を欺いて、期待していたのとは違う人にベッドの相手をさせることを云う。「尺には尺を」という劇には、「終わりよければ」と同じく、このベッド・トリックが仕組まれて、劇の進行に重大な役割を果たすことになる。
ヒラリー・クリントン米国務長官が、アメリカの国務長官としては57年ぶりに、ビルマを公式訪問した。クリントン長官は早速テイン・セイン大統領と首脳会談を行ったが、今のところ経済制裁の緩和を含めて、具体的な約束を交わすなどまでには至っていない。ビルマが国際社会への復帰に向けて、どれほど真剣であるか、値踏みをしているようだ。
西塘は上海の西方約九十キロのところにあり。元代に形成せられたる水郷の古鎮にて、ほかの水郷の古鎮に比すればいまだ観光地化進まず、明清時代の佇まひを色濃く残しをるなり。数年前に公開せられしアメリカ映画「ミッション・インポシブル(トム・クルーズ主演)」の舞台となり、NHKも特別番組にて紹介したれば、日本人観光客の人気をとるやうになれり。
ロベール・デスノスが歌うとらわれ人の詩「テレ-ジエンシュタット収容所(Le camp de concentration de Theresienstadt)」(壺齋散人訳)
今宵僕が歌うのは戦うことではなく
日々を大事にすることさ
生きることの楽しさや
友達と呑むワインのうまさ
愛や
ともし火や
夏のせせらぎ
食事のたびのパンと肉
道端を歩みつつ口ずさむルフランの調べ
安らかで苦悩を知らぬ
眠りのこと
別の空を見る自由
そして尊厳の感覚と
他人の奴隷になることを拒む勇気だ
いま、ユーロ危機のさなかに登場した二人のマリオに注目と期待が集まっている。イタリアの首相に就任したばかりのマリオ・モンティとヨーロッパ中央銀行(ECB)総裁マリオ・ドラギだ。二人合わせてスーパーマリオ・ブラザースと呼ばれている。期待の大きさがうかがえるというものだ。
十一月十四日(月)晴。七時半に起床して朝餉には粥を食ふ。昨日まではパンを食ひゐたるなり。主食を粥にすれば副食もまたおのづと変はるなり。
村上春樹の短編小説集「神の子どもたちはみな踊る」は、1999年に「地震のあとで」という総題のもとで雑誌に連載されたものを核としている。総題が示すように、1995年の神戸の大地震がテーマになっているが、テーマといっても、地震そのものが表立って問題にされているわけではない。地震をきっかけにして、いくつかの物語が緩やかに結びついているといった具合だ。だから地震は隠れたテーマだといってよい。その隠れたテーマを中核にして、相互に関連のないいくつかの物語が語られる、というわけだ。
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